MENU
ブログを始めました!

スタッフで管理しております。ブログに立ち寄ってくれると嬉しいです!

過去の投稿
カテゴリー

「あなたの知らない南極犬ものがたり」

第3回 タロとジロの命をつないだ秘密の食糧基地 PART 2

食べ物がない南極に置き去りにされた、カラフト犬タロとジロの兄弟。1年後に救出されるなんて、だれも思っていませんでした。

いや、実は日本中でただ一人「置き去りにされた15頭のうち、数頭は生き延びている可能性がある」と断言した人がいました。北海道大学農学部の犬飼哲夫教授です。彼はこう主張しました。

「首輪と鎖でつながれ、食べ物が与えられない状態では、カラフト犬はどんどんやせていく。首も細くなる。すると結果として、首輪が緩くなる。その時まだ力が残っている場合、犬は首輪を抜け、自由になる。そうすれば基地においてある犬の食糧を食べて、生き延びることができるはずだ」と。

この説に、当時の動物学の権威や科学者は、あざ笑いました。「そんなわけ、ねーだろ」というわけです。

ところが、本当に2頭が生きていた。犬飼教授をさんざんコケにした人たちは、面目丸つぶれです。犬飼教授は、地元の新聞記者に「先生の説が正しかったですね」と取材されても、「人はだれでも間違えることはありますよ」と紳士的な言葉で返したそうですが、記者たちが帰ってしまうと、教授室でガッツポーズしていた、という、ウソかまことか分からない逸話もあります。

それはさておき、実は、犬飼教授ですら予想できなかった、信じられない事実があったのです。日本人のだれもが、置き去りにされた15頭のうち、生き延びたのはタロとジロの2頭だけ、と思っています。置き去り事件から60年以上たった今でも、そう思っている人が多い。

ところが、そうじゃない。昭和基地で人間を待ち続けたのは、タロとジロだけじゃなかった。もう一頭、生きていたのです。

しかもその犬は、抜群の嗅覚力、方向感覚、そしてリーダーシップを持った、とても優れた犬だったのです。逆に言えば、この天才的な「第3の犬」が一緒にいたからこそ、まだ幼かったタロとジロは生き延びることができたのです。

じゃあ、その第3の犬って、どの犬なの?これについては、後日述べますが、とにかく、第3の犬は、「秘密の食糧基地」を、なんと3つも知っていたのです。彼は、タロとジロを食料がある場所に連れて行きました。そして、冷凍のステーキや魚やチーズを食べさせたのです。

タロとジロが発見されたとき、がりがりに痩せているかと思いきや、逆に丸々と太っていたのは、十分すぎるほどの高カロリーの食糧をたらふく食べることができたからなのです。

3つの食糧庫。その中でも一番重要な第1の食糧庫は、実は昭和基地内にありました。人間用の冷凍ステーキや冷凍魚、冷凍野菜などを保存していた「天然の冷凍庫」です。

南極に1年間越冬するのですから、食料は最も重要なものでした。第1次越冬隊は、人間用の冷凍食品を保存するための、大型電気冷凍庫を日本から運んできました。ところが、どこでどう間違ったのか、電源装置と電気冷凍庫をつなぐ「ケーブル」がなかったのです。電気が来なければ役立たずです。越冬隊は焦りました。南極とはいえ、冷凍食品は冷凍しておかないと劣化する。

そこで、氷を深く掘って、天然の冷凍庫を作るという非常手段に出たのです。基地建物の近くに掘りたかったのですが、そこは数十センチも掘ると、岩盤に到達してしまいました。ここは使えない。

そこで、海岸(といっても、厚い氷におおわれていますが)と陸地の境目あたりに、深さ数メートルの穴を掘り、さらに横に掘り進めて、かなり広い「天然冷凍庫」を作ったのです。四方八方が氷ですから、よく冷える。そこに、人間用のステーキ、豚肉、鶏肉、魚などを大量に運び込みました。これで安心です。

と思いきや、想定外の事態が。堀った氷の穴の底の方から、海水がいつのまにか侵入し、貴重な冷凍食品が海水まみれになってしまったのです。「これはヤバい」。越冬隊員11人の命をつなぐ冷凍食品です。全員で必死になって外に運び出しましたが、下の方に置いてあった肉類は、いわば塩漬けに。試しに料理してみたのですが、しょっぱくてとても食べられない。

このため、無事だった冷凍食品だけを、もう一つの天然冷凍庫に移し、塩漬けになった冷凍肉類はそのまま放置。そして、海水が入り込んだ天然冷凍庫は放棄したのです。

第3の犬は、この放棄された天然冷凍庫の中には、塩漬けになったとはいえ、犬であれば平気で食べられるゴージャスなステーキや魚があることを知っていたのです。その理由は、またの機会に。

「でも、天然冷凍庫の入り口には扉があるんじゃないの。犬が扉を開けられるかなあ」「鍵だって、あるでしょう」と疑問に思ったあなた。なかなか鋭い指摘です。

ところが、天然冷凍庫の入り口には、扉はなかったのです。いや、正確には、最初は扉があった。しかし、毎日毎日食料を持ち出すわけですから、めんどくさい。入り口付近を雪で覆っておけば、それで十分だと気付き、扉はなくなったのでした。

カギについては、人間たちが暮らす居住棟の扉にすらなかった。第1次越冬隊で、犬係をしていた北村泰一九州大学名誉教授は、私にこう言いました。

「南極基地の建物に鍵をつけるバカはいない。だって、南極に泥棒はいないから。それに、下手に鍵をつけて、鍵穴が凍ったら、開錠できなくなるかも。そうしたら命が危ないでしょ」

なるほど。

そういうわけで、第3の犬は、天然冷凍庫の入り口付近を覆った雪を、頑丈な前脚でガシガシと取り除き、タロとジロを連れて中に入っていったのです。

「この世のものとは思えないほど臭かった」と隊員たちが話していたアザラシの肉ですら、「おいしいおいしい」と喜んで食べる犬たちですから、少々塩漬けになっていても、ステーキは最高のごちそうです。高タンパク質だから、筋肉もつき、生命力が強くなる。もちろん塩分の摂取過剰ということはあったでしょうが、その後、タロが14歳7か月まで生きたことを思えば、致命的ではなかったのでしょう。

隊員たちの命をつなぐ電気冷凍庫が、まさかのケーブル紛失(あるいは、初めから積み忘れたのかもしれませんが)で使えないというミス。

機転を利かせて作った天然冷凍庫だったが、海水が染みこんでくるという想定外のミス。

もし、電気冷凍庫が機能していたら、それは人間の居住棟か、施設棟内に設置されたわけですから、犬たちが近づくことはできなかった。また、冷凍庫の扉を開けることもできなかった。つまり、タロ、ジロたちは、肉にありつけなかった。

天然冷凍庫がちゃんと機能していたら、その中にあったステーキ類は人間たちが食べつくしていたから、中に入っても食料は残っていなかった。

こうして、人間の度重なるミスが、結果的に、犬たちの命をつないだのです。

ウソのような、本当の話。この秘話を語ってくれた北村隊員は「きっと、置き去りにされた犬たちを哀れに思った神様が、生きる道へと導いてくれたのでしょう」と話しています。

(written by Free Dog)

(次回は「第2、第3の食糧基地」について。不定期掲載)

【ミニ解説】 日本の南極第1次越冬隊は多くの犬を南極に連れて行った。しかし1年後、2次越冬隊との交代に失敗。結局15頭を鎖につないだまま南極に置き去りにした。全滅したと思われていたが、1年後、なぜかタロとジロの2頭は生きていた。世界中が驚き、「タロジロの奇跡」と言われている。

★このブログを書くにあたり、小学館集英社プロダクションの許諾を得ています。

目次
閉じる